 |
季節はずれの夏休み in Zarzis/Tunisia
寄稿: 植澤 晴夫
第二回「チェニジアのスイス人・FredとBoriska」
まず、旦那のほうのFredだが、スイスの小さな田舎町で生まれ育ったけれども、
遠い外国と深い関係を持っていた父親のおかげで、幼少のころから遠い外国に
思いを馳せていた。
そして24歳の時に勇躍、3年間をかけて単身世界旅行に旅立つのである。
日本には1962年に3ヶ月間滞在した。香港・韓国を経由して船で渡ったそうだ。
この世界旅行では全部で30カ国を訪ねたそうだが、行く先々のいろいろな国で
言葉が通じず、そこでその国の言葉を必死に勉強したという。そのせいで今でも
日本語を結構話し、読み書きも少々できる。
その当時たいした旅行マニュアルなんか無かった時代、よくもまあ世界中を旅行し
たものだ。いや、そもそもそんなことをよくも思い立ったものだ。このすごい
好奇心と勇気、そしてそれをやりとげた不屈の精神力にいたく感心させられた。
彼の話によると、この旅行で彼の心に特に強く残ったのは、アラブ世界と日本
だった。日本の文化にはとても感動したそうだ。日本の木造建築は世界のどこを
探しても例を見ない、信じられないほど質の高い素晴らしい最高のものだ、との事。
そして旅行を終えて帰ってからも日本を忘れられず、しばらく日本を夢見て床の
上で寝て居たそうだ。
そしてその彼の感動が、後に彼の息子に伝わることになる。
彼の息子はドイツの大学で「日本学」を専攻し、現在日本に住んでいるという。
親子三代にわたる海外への熱い思いである。
アラブ世界については、過酷ともいえる生活環境にもかかわらず、物質に惑わされ
ず、純朴で寛容な、より理想的な人間社会をつくりあげている、と彼の目には写った
ようだ.。まったく違った価値観をもったアラブ人にも強く惹かれた。
ともあれ、彼はその後スイスで印刷デザインの仕事に携わり、後にコンピューター・
グラフィックと深くかかわるようになる。
ただ、スイスでの満ち足りた生活、仕事に忙殺された生活の中で、彼の頭の中には
青年の時に知った、まったくスイスとは違う憧れのアラブ社会が、いつもこびり着
いていた。
50歳を迎えて、長年胸に抱いていた夢を実現すべく行動にでる。
自分が住むことのできるアラブ社会を探し始め、友人との縁でチェニジアに居を構
えることを決定。仕事に片をつけ、Zarzisに家を買い、住み始めたのが8年前であっ
た。
Zarzisでは、もう仕事をしなくても生活して行けるだけの財産を持っているので、
ここではもっぱら家の改築・改装、ラクダや家畜の世話、庭の手入れ、といった生
活をしている。現地人からすれば、Fred夫婦が億万長者に見えるようだ。町やホテ
ルで出会う現地人はみな彼に敬意を持って挨拶をする。
彼は完璧に標準アラブ語の読み書きができ、現地の方言語も理解し話す事ができ
る。スイスに帰ることはまったく考えていないとのこと。この今の生活がとても気に
入っている。彼自身はイスラム教徒ではないが、彼に言わせるとイスラム教徒とい
うのは他宗教に対して、また他民族に対しても非常に寛大であるそうだ。キリスト
教社会の意図的な間違った宣伝のために、大方の欧米社会の人間は誤った考えを
持っているらしい。これはちょっと気になる発言だ。イスラム教並びにイスラム社
会に対してもう一度勉強をせずばばなるまい。
話を聞いていて、この夫婦には到底及ばないと、舌を巻かせられたことがいくつ
かあった。
まず、こうと考えたらそれをやり通す並々ならぬ意思力・精神力の強さ。語学習得
力の並外れた才能。まったく違う宗教・社会・自然などの環境に柔軟に対応できる
適応力。
何という事か、私にはまったく無いものばかりだ!話を聞いていて殆ど自分に絶望
感を覚える。いやはや、世の中にはこんな地球の辺境といわれるところに住んでい
る、スゴイ人が居るものだ、と感歎しきり。
Boriskaについて。
母国ハンガリーで両親が殺害され、命からがら親戚に連れられてスイスへ政治亡
命でやってきたのが5歳の時。スイス人夫婦にひきとられて中央スイス、Vitznauで
育った。
彼女は一見アジア人の容貌をしていて、スイス人には到底見えない。
彼女はマジャール人といわれる、高地中央アジアにいる人々と同じ血の流れ汲む
民族であるそうな。ハンガリーには大勢いて、そもそもハンガリー語というのは中央
アジアの言語が主体になっているのだとか。
つらい過去・生い立ちを持っている彼女であるが、控えめでとてもおとなしいそ
の人柄からは、到底そんな事は思い浮かべられない。ただ、彼女は自分の故郷が
ハンガリーでマジャール民族の末裔であること、これを忘れる事は無い、と言う。
今までの人生の殆どをスイスで過ごし、スイス人ではあっても、自分の容貌が自分
の過去をいやでも教えてくれる、とそう語る。立場は違っても、私もスイスに長く住
むアジア系外国人。彼女の気持ちの一端はよく理解できる。が、彼女の心の中の、
生い立ち・経験からくる辛いであろう心情は察するに余りあるものがある。
さぞ傷心、心の葛藤があった事だろう。
と、彼らの話はこれくらいにして、これからはZarzisについてあれこれと。
それでは、また次回をお楽しみに!
|
旅のサークルへ
Copyright, All Rights Reserved for MANO,www.mingei.com &japon.net.
|