寄稿: 越崎 健司 |
| 3月28日(金) 一路チュニスへ | |
朝起きると、ブカリ家のお父さんが朝食まで作ってくれた。私のバッグの所には、 いつの間に置いたのか、ネジュラが「またおいで」、カリムが「ノープロブレム」と 書いた手紙があった。ブカリ家の人々への感謝は本当に言葉には表せない。バスの時 間に間に合わせるため、家の前でブカリ家のお父さんに見送られながらあわただしく 別れた。もし家族みんながいてゆっくりと別れたりしたら、きっとまた私は泣いてし まっただろう。 バス乗り場に行くとチュニス行きのバスの場所が分からない。荷物が目の届かない ところにあり、途中で人の乗り降りの際に荷物の出し入れがあるバスは荷物のなくな る可能性があってどのみちいやだったので、チュニスまでルアージュで行くことにし た。相変わらず人はなかなか集まらず、一人でルアージュに乗って待っていると、な んとブカリ家のお父さんがやってきた。彼と一緒にカフェに行き、いろいろと話した 。彼は本当はカフェは嫌いなのだそうだ。「ここでは人々が一日中仕事もせずにのん びりしている。アラブ人はもともとは働き好きなのに。これはフランスから伝えられ た悪い伝統だ。」カフェはどこの町にもあり、まさにチュニジア的なものだと思って いたし、アラブ人はあまり仕事熱心でないと思っていた私にとって、こんな言葉が出 ること自体が驚きであった。さらに彼は続ける。「人間はいつ死ぬか分からないのだ から、毎日お祈りをして、しっかり働かないといけない。」そういえば、おととい一 緒に山に行ったとき、崖に彼が吊り下げたという文字があった。アラビア語だったが 、彼が言うには、「もしも山を登ってゆかなければ、一生底にいることになる。」と いう意味だそうだ。もちろん、イスラム教徒が全て彼のような人間だとは言わないし 、彼の考える勤勉さと日本人の考える勤勉さの間には隔たりがあるかもしれない。た だ、イスラム教即ち悪い宗教という観念を植え付ける日本のマスコミや、それに汚染 された日本人の中で育った私にとって、彼の考えは一種の違和感を感じさせるもので あった。そうこうしているうちに人を乗せたルアージュがやってきて、再びあわただ しく別れることになった。ルアージュの中で、こみ上げてくる涙をこらえるのがどれ ほど大変だったことか。 チュニスに着き、おもしろい土産物を探すためにメディナ(旧市街)に行った。様 々な店が集まり人々でにぎわっているというメディナには旅の最後を締めくくる場所 として期待していた。しかし、そこには観光客向けの店しかなく全然おもしろくない 。確かに道は入り組んでいるが、それならネフタの方が生活の臭いがしてよっぽどお もしろかった。きれいなモスクにしても、心を揺り動かすほどのことはない。ひたす ら歩き回ったが、買いたい物も見たいものもほとんどなかった。ここを楽しむには、 この3週間であまりにいろいろな体験をしすぎてしまったようだ。 チュニジア旅行時、1TD(チュニジアンディナール)≒ 113円 、$1≒ 124円。時差 は8時間。 次へ |
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